昭和生まれの私は、電話の変遷と共に生きてきたとも言えます。小学校低学年の時に黒電話がやってくるまで、家には電話がありませんでした。それまでは、今ではもう死語となったしまった「呼び出し」で近所の電話を借りていたと思います。それ以外のコミュニケーションツールと言えば「手紙」や「電報」で、あとは直に足を運んで話をすること以外ありませんでした。それはそれで特に不便を感じることは無かったと思います。今から思えば実に時の流れがゆっくりとした時代でした。
歌の文句にもなった「ダイヤルを回す」黒電話の時代は私の家では10年ほど続きました。私はけたたましいあの電話のベルが苦手で、それが今でも電話嫌いの原因の一つになっています。その後、電話はプッシュホンになり、留守番電話付きになり、子機付きになり、ファックス機能付きへと変わっていきました。そう言えば、留守番電話も最初の頃は「録音テープ」でした。留守電が入っているとテープを巻き戻して再生したものでした。
その一方で移動通信のツールは自動車電話から始まり、ショルダーフォンそして携帯へと急速に変化・普及していきました。(「ポケベル」なんてものもありましたね)携帯電話も最初はストレート型でしたが、その後折りたたみ式、スライド式などが普及しました。同時にインターネットの急速な拡大・普及の流れの中、コミュニケーションツールは固定電話のみの時代から、スマートフォン、モバイル、SNS の時代へと変化していきました。
その流れの中で減りつつあるのが、「電話ボックス」です。一昔前(いや二昔前ですか)までは、外出先から電話するときは「電話ボックス」を利用するのが常でした。駅前などには電話ボックスが列を成していたものです。需要が減り、今では探すほうが難しいくらいです。そんな中、早朝の散歩中に目についたのが上の写真の「電話ボックス」です。
早朝の闇の中、人通り、車の行き来が少ない中、明かりを灯して、来るあても無い利用者を待ち続けているようなその姿が、なんだか健気というか時代の流れを感じてしまいました。
「電話ボックス」世代の私はそこに自身の思い出が重なる事も多くあります。上の写真の電話ボックスもいつの日か近いうちに撤去されてしまうことになるのでしょう。時代の流れとは言え、やはり寂しい感じがします。まさに「哀愁」を感じます。若いスマホ世代の人たちはこんな感情を持つことは無いのでしょうね。
東日本大震災の時に、携帯電話が繋がらない事態が起こりました。その際、「電話ボックス」の前に長い「列」が出来たことはまだ記憶に新しいことです。社会的インフラとしての観点から、ある範囲に一定数の電話ボックスは必要であろうかと思います。この辺りは通信事業者の判断に任せるしかないのかと思いますが、自治体や何かそれを支える仕組みで「電話ボックス」をこれ以上減らさないで欲しいと私などは思うのですが、皆さんはどうお考えでしょうか・・・?
そう言えば、今の若い世代、電話ボックスの電話の使い方が分からない人もいるそうですね。スマホがあるから敢えて使う必要ありませんから当然と言えば当然です。
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